松山城(伊予国)



松山城(伊予国)の歴史を訪ねる。
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太鼓櫓
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戸無門
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筒井門
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隠門
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井戸
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一の門
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二の門
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三の門
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玄関
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松山城(伊予国)
所在地: 愛媛県松山市丸の内

城種別: 平山城

築城年: 1602年(慶長7)

築城者: 加藤嘉明

別名: 勝山城・金亀城

天守建造年: 1853年(安政5)

天守建造者: 松平勝善

天守閣構造 :3層3階、連立式

文化財指定: 国指定重要文化財

他の遺構: 櫓5基、門8棟、塀、石垣、堀


現存天守は、創建時の天守が1784年(天明4)に落雷によって焼失した後、

1853年(安政5)に再建されたもので、当時の城主は12代松平勝善でした。

3層3階の天守は、層塔型の連立式で、大小天守と2基の隅櫓が長方形の

中庭を造っています。この城は、1602年(慶長7)に加藤嘉明によって創築され、

工事は25年を費やし、完成をみたのは1627年(寛永4)のことで、

この時には嘉明は国替えになっていました。その後を継いだ、蒲生氏も

無嗣断絶となり、松平(久松)氏が城主となってからは廃藩置県まで続きました。

現在は、天守の他、櫓5基、門8棟、塀、石垣、堀などが現存し、加えて

1966年(昭和41)よ始められた復元工事によって、本丸の小天守、隅櫓2基が

木造で復元されて、連立式天守の偉容を回復しました。また、二の丸の復元整備

も進められ、櫓や門、塀が復元され、二之丸史跡庭園や大井戸も見学できるよう

になりました。



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posted by oojijisun at 09:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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